東日本大震災から11日で15年です。秋田市の日本赤十字東北看護大学介護福祉短期大学部で講師を務める及川真一さんは15年前、仙台市で激しい揺れに襲われました。及川さんはあの日のことと、被害を受けた地域のいまを伝え続けます。
日赤東北看護大介護福祉短大・及川真一さん:
「東日本大震災の教訓は『迷わず逃げろ』。逃げることをためらわないということをちゃんと感じてほしい」
2011年3月11日。当時、仙台市に住んでいた及川さんは、家族で宮城・石巻市に向かっていました。
ところが、目的地まであとわずかという所で急に帰りたくなり、帰宅するとすぐに大地震に見舞われました。行くはずだった場所や通った道は、津波にのまれました。
あれから15年。
及川さんは3月6日、津波で風景が一変した仙台市荒浜地区を訪れました。
がれきがなくなり、整備が進んだものの、住宅が立ち並んでいたかつての風景は二度と戻ってきません。
サーフィンが大好きだった及川さんは、生活の一部だった太平洋に入ることができなくなりました。
及川真一さん:
「あの日、たくさん泣き、たくさん苦しみ、どこにぶつけていいのか分からない怒りも持った。その時、寄り添ってくれた人がたくさんいた。だからこそ今度は僕が、災害が起きた時に同じようなことを自分ができる範囲の中でやりたいと思った」
震災発生の翌月に仕事の都合で秋田に移住した及川さん。秋田を拠点に、現地のいまを伝えることを決めます。
及川真一さん:
「前を向いている人たちもいること、前をまだ向けない人たちもいることを受け止めて、自分に何ができるのかを考えながら、自分なりの方法で被災地と向き合い、秋田でできることを考えてやっている」
子供たちに海を嫌いになってほしくない。
2011年8月。大好きであり、大切なものを奪った場所でもある“海”で楽しむイベントを始めました。
及川真一さん:
「こんな時に海でイベントをやるのはどうなのか、という意見もたくさんあったが、今やらなければあと何十年、続けられないだろうと思ったので活動をスタートした」
海で遊びながら、食事を作り、寝袋で寝る。自然とライフラインがない状況で命をつなぐすべを学ぶ場になりました。
活動は広がり続け、及川さんは学校や講演会、行政組織などで防災を伝えています。
及川真一さん:
「想像より実体験。本当に電気が使えない状況、水が出ない状況、いろんな困りごとが起きる状況を実体験を通じて学ぶ。これがいま新しく進めていくべき防災の在り方ではないかと思う」
東日本大震災を知らない世代が年々増える中、「いかに災害を自分事として捉えてもらうかが重要」と話す及川さん。
防災を伝えるにあたって大切にしているのは、学びに「楽しさ」をプラスすることです。実際に、及川さんの講演会では笑いが絶えません。
避難所の設置や炊き出しも、楽しみながら学んでもらうことを心がけています。
一方で、東日本大震災のこと、地元・宮城のことを忘れたことはありません。
及川真一さん:
「活動におけるゴールは、簡単に言うとない。やり続けるしかないと思う。やり続けながら目標や方向性が変わるかもしれないが、足を止めることはない」
03月10日(火)19:00